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名古屋大学の武田邦彦教授は温暖化について少数派の学者として知られています。
彼の環境論は独自でとても面白いので一読されることをお薦めします。
武田邦彦教授はCO2の排出は温暖化の原因ではなくむしろ温暖化の結果CO2濃度が増加す
るという趣旨の発言を続けている学者です。多くの環境活動家の中には「敵」と考える人がある
かもしれませんが、私には「CO2の排出を規制しても温暖化を抑制できない」と示唆している
と感じます。
リサイクル 循環使用と段階使用
さらに、社会人生活を資源産業である非鉄金属鉱業で始めた私にとって、竹田教授の資源・リ
サイクル観はいくつもの同意できる点があります。
テレビやエアコンなどの家電製品から自動車まで、このところ多くの耐久消費財をリサイクル
する制度が作られています。ちょっと考えるとこれで資源が反復利用されるようになったように
思います。
ところが、竹田教授の「環境教科書」を読むとどうもそうではないリサイクルが多いことに気
がつきます。
川の水に例えると「下流で海に流れ込む寸前の水を上流に戻す」ことがリサイクルだと考えて
いましたが、多くのリサイクルは「上流から流れてきた水を中流のダムに蓄えてもう一度使う」
もののようです。
一般に鉄は高炉で鉄鉱石から作られるものが高級品です。スクラップや鉄くずのリサイクル品
は高炉ではなく平電炉という再生鋼用の炉で熔かされて二流品の製品になります。
アルミ缶や非鉄金属などのなかには鉱石から作られたものとリサイクルされたものが品質的に
区別できないものもありますが、紙や樹脂製品などでは本来の原料から作られたものとリサイク
ル品の品質や用途が異なっているのが普通です。
多くのリサイクル製品は天然資源から作られたバージン資源とリサイクル資源から作られた製
品がパルプ起源のトイレットペーパーと再生パルプを使ったトイレットペーパーのように歴然と
した違いのもとに流通しています。
ヴァージンパルプの牛乳パックはあっても、再生パルプを使った牛乳パックがないようにリサ
イクル品の用途はほとんどの場合高い品質を持たなくても良い用途に限定されています。
高度な工業製品はその材料にも高い性能を要求します。家電リサイクル、自動車リサイクルと
いっても家電のリサイクルが素材を家電に戻したり、自動者のリサイクルが素材を再び自動車に
戻すことは比較的珍しいことだと考えたほうが実情を正しく掴んでいます。
非鉄金属のリサイクルは循環利用
これに比べて貴金属(稀金属)のリサイクルは様子が違います。人間が有史以来発見した金の
量は50メートルプールに僅か2杯分と言われ、潰してはまた使用する循環使用が当たり前になっ
ています。
もともと銅鉱石の不純物として含まれる銀や銅は、銅の精製過程から分離されるものであり、
不純物を含んでいても電気精錬によりフォーナイン(0.9999)など高純度に精製する技術があり
ます。
これに対してほかの多くの廃棄物を分子レベルに分解して精製する技術はありません。
私たちが使っている鉄(鋼)は鉄と少量のクロムやマンガン炭素などを混合させたいわば合金
で、多種類の鉄の混合物を混ぜて溶かした再生品の鉄はバッチごとに性能が違うものになってし
まいます。
リサイクル分野ではバージンパルプは牛乳パック、リサイクルパルプは名刺やトイレットペー
パーというように上流と下流の用途が区分されている分野がたくさんあります。
鉄筋のように同じ用途に使われるにしても、高炉ものと平電炉ものでは性質も価格も違うのが
鉄のリサイクルです。
リサイクル品が純度の低い混合物にならないようにするには金や銀のように精製の仕組みをリ
サイクルに組み込まなければなりませんが、今の需給システム内であらゆるリサイクルにそれを
期待するのは無理かもしれません。
例えば合成樹脂の原料である原油は今後数十年で枯渇するといわれています。原油の価格が高
騰すると廃棄されているプラスティック(ポリマー=重合体)から経済的にモノマーを生産する
ことが可能になるかもしれません。
僅かに時が経つだけで廃棄物が資源になるそういう未来もありえます。
そして何よりも一度作ったものを長く使い廃棄しないこと、自分が使えなくなっても人に使っ
てもらうこと(古着の文化=リユース)、そして使えなくなったものをリサイクルすることを徹
底することが、私たちの暮らしを豊かにします。
すべての天然資源が有限なものですから、リユース、リサイクルの最終目標はの原子・分子レ
ベルでのリサイクルをすることです。将来枯渇することがわかっている資源を浪費することは人
類全体が大きな無駄をすることです。
日本の住宅や建築の寿命が短いことについて、「梅雨があるから」、「木造だから」といった
理由で耐用年数が短い理由を説明する試みがありますが、先進国では住宅の寿命が50年未満なの
は珍しいことですし、都市の住宅地には数百年経った建物ばかりの一角があります。
百年前の住宅はどこにでも当たり前に見かけますし、15世紀16世紀の銘版を付けた建物も珍し
くありません。ヨーロッパで「住宅は何年くらいもつの?」と聞くと多くの人が「数百年以上で
判らない」と考えているような身振りをされてしまいます。 |
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